米国のOne Footprint社(One Footprint Inc.)は2026年9月16日、シリーズBラウンドにおいて2,500万ドルの資金調達を実施したことを発表しました。今回の資金調達には、リード投資家のQEDに加え、日本のメガバンク系VCであるMUFG(三菱UFJフィナンシャル・グループ/MUFG Innovation Partners)も参画しています。
本記事では、公式発表および公式プロダクト情報に基づき、同社の会社概要、導入事例、提唱する課題意識、AIコンプライアンスOS「Percy」および基盤「Trust Fabric」のシステム構造、そしてエンジニアリング視点における技術仕様を整理します。
1. 会社概要
- 会社名: One Footprint Inc.
- 設立: 2022年
- 創業者兼CEO: Eli Wachs
- 拠点: 米国(ニューヨーク)
- 事業内容: 金融機関およびフィンテック企業向けAI搭載型コンプライアンス&リスクオペレーション基盤(KYC/KYB/AML/データセキュリティ)の開発・提供
- 主要プロダクト:
- Percy: コンプライアンスポリシーと手順を自動実行する自律型AIオペレーティングシステム
- Trust Fabric: 人間とAIの調査知見を組織の「記憶」として蓄積・共有するガバナンスインフラ
- Vaulting Infrastructure: PII(個人識別情報)をデータベースから物理・暗号的に隔離して保管・処理する基盤
2. 発表概要と背景
資金調達の概要
- 発表日: 2026年9月16日
- 調達額: 2,500万ドル(シリーズB)
- リード投資家: QED
- 参加投資家: MUFG(三菱UFJフィナンシャル・グループ)、Commerce Ventures、LightBank、Alumni Ventures、Index Ventures、Lerer Hippeau、BoxGroup、Operator Partners、Animal Capital
- 資金の使途: エンジニアリングおよび営業チームの規模を2倍に拡張し、コンプライアンスOS「Percy」と基盤「Trust Fabric」の研究開発(R&D)を推進。
業界の課題構造
同社の公式発表によると、金融機関は世界的な不正活動の急増に直面しています。
- 不正活動の規模は2023年から1.3兆ドル増加し、全体で4.4兆ドル規模に達している。
- 米国およびカナダだけでも、コンプライアンス費用は600億ドル以上に膨らんでいる。
- 不正行為者は生成AIを利用し、合成アイデンティティ(Synthetic Identities)やペーパーカンパニーの作成、マネーロンダリングの自動化を促進させている。
- 一方、リスクチームの従来手法(スプレッドシートや分散したツールの手動確認)は、オンラインバンキング率が20%未満だった時代のプロセスに基づいている。
3. システム・プロダクトアーキテクチャ
One Footprint社は、処理増加に対する「時間(Time)」と、ナレッジ欠落に対する「記憶(Memory)」の2課題を解決するため、2つの主要コンポーネントを構築しています。
① AIオペレーティングシステム「Percy」
「Percy」は、金融犯罪コンプライアンスに特化したエンドツーエンドの自律型AIオペレーティングシステム(Agentic System)です。
- ポリシーと手順の決定論的実行: 既存の自然言語によるコンプライアンス手順を入力すると、それを解釈して決定論的(Deterministic)に実行する。毎回同一の結果を出力し、完全な監査証跡(Audit Trail)を生成する。
- データソース統合: KYC、KYB、AML領域において、LexisNexis、Experian、ComplyAdvantageなどの信頼されたデータソースや政府レジストリと直接接続・参照する。
- 対話インターフェース: 平易な英語(Plain English)で調査依頼、理由の釈明、類似パターンの抽出、新規ワークフロー作成を指示可能。
- ガバナンスと追跡性: 実施されたすべての推論・調査ステップはタイムスタンプや引用(Citations)付きで記録され、エージェントへの変更はバージョン管理およびテストを経て本番環境へ適用される。
② 統制インフラストラクチャ「Trust Fabric」
「Trust Fabric」は、Percyの下層で動作し、各案件の調査結果を組織全体の累積的な「記憶(Organizational Memory)」へと変換するインフラです。
- ナレッジの共有・永続化: 1人の調査員が設定した前例(Precedent)は、KYC、EDD(詳細デューデリジェンス)、制裁スクリーニング、モニタリングの各プロセス間で即時に共有される。
- Provenances(由来)の保持: 「エージェントが提案し、人間が承認する(Agents propose; humans approve)」モデルを採用。調査員の承認を経て記憶が更新される。
4. 性能指標および導入・検知事例
公式発表において明示されているパフォーマンス数値および運用実績は以下の通りです。
| 処理項目 | 従来の処理時間 | Percy導入後の処理時間・効果 |
| ウォッチリスト照合(Watchlist hits) | 約30分 | 1分未満 |
| 詳細デューデリジェンス(EDD) | 約3時間 | 15分未満(収集証拠量 35%増加) |
| アラート監査カバー率 | 選択的なスクリーニング | 発生アラート・ケースの100%にアクセス・処理 |
銀行における制裁対象者(Sanctions Match)検知事例
ある銀行のBSA(銀行秘密法)オフィサーが関与した実運用ケースにおいて、手動レビュー(人間のアナリスト)ではクリア(見落とし)と判定されていた事案に対し、Percyが調査を実施。
- 検知内容: 同じ人物名の2つのキリル文字翻字(Transliterations)の間に隠れていた、真の制裁対象者(Sanctions Match)との一致を発見。
- 銀行側の評価: 担当BSAオフィサーは「人間(担当者)では絶対に発見できなかったパターン」とコメント。
- Trust Fabricへの蓄積: この発見ロジックと知見は、Trust Fabricを通じて即座に組織全体の「記憶」として蓄積され、以降のすべての類似ケース調査に自動で適用・活用される状態へと更新されました。
5. セキュリティおよびインフラ構成
One Footprintの基盤システム(Vaulting Infrastructure)は、機密データ(PIIなど)の分離と安全な処理を実現するため、AWS Nitro Enclavesを用いた暗号化アーキテクチャを採用しています。
- メモリ・CPU・ネットワークの隔離: 処理プロセスはメモリの外部読み書きを遮断し、専用CPUとネットワーク隔離(Network-gapped)環境で実行される。
- 公開鍵暗号とKMS管理: ユーザーの属性データはユーザー専用の公開鍵でデータベースに暗号化保存される。復号に必要な秘密鍵はAWS KMSで管理され、ハッシュ検証されたNitro Enclave上のコードからのみアクセスが許可される。
- データリポジトリの保護: データベース単体が侵害された場合でも、Enclaveサービスを通さない限り平文データへのアクセスは不可能となる仕様で設計されている。
6. エンジニアの需要と役割
One Footprint社の公式発表(採用・事業拡大方針)において、今回の資金調達に伴うエンジニアリング組織の拡大と、AI時代のリスク領域におけるエンジニアの役割について以下の通り言及されています。
① エンジニアリングチームの倍増と開発領域
シリーズB資金調達の直接的な使途として、エンジニアリングチームの規模を2倍に拡大することが明確に示されています。開発対象となるコア技術領域は以下の通りです。
- Agentic OS(Percy)のR&D: 自然言語の規程(Policy)から正確かつ決定論的な手順を生成・実行するアルゴリズムの拡張。
- Trust Fabricの分散基盤拡張: 5人のチームから500人のアナリスト組織まで、リアルタイムに前例(記憶)を安全かつ整合性を保って共有・蓄積するインフラ開発。
- セキュリティ・暗号化インフラ(Nitro Enclaves): PII(個人識別情報)をデータベースから完全に隔離し、零知識・厳密管理下で処理するアーキテクチャの強化。
② 金融犯罪防衛における「防衛側AI(Agentic Defense)」構築者の必要性
CEOのEli Wachsは発表内で、「攻撃者(金融犯罪者)がAIをフル活用して手動オペレーションの限界を超えるボリュームと複雑さを生み出している中、防衛側も従来の個別ツールを改め、AIをより効果的にデプロイするネイティブ防衛システムへと切り替える必要がある」と述べています。
このため、従来の「画面作成やAPI接続を中心とするWeb開発者」から、「自然言語ポリシーの実行、完全な監査性(Audit Trail)の担保、厳格なデータ保護隔離(Nitro Enclaves等)を兼ね備えた自律型AI防衛インフラを設計・実装できるエンジニア」へと、同領域における開発者の要求役割と市場価値がシフトしていることが提示されています。
7. One FootprintのAI基盤とRegTech技術に関するQ&A
Q1. One FootprintのシリーズB調達の主要なポイントは何ですか?
One Footprint社は2026年9月16日、QEDをリード投資家とし、MUFGやIndex Venturesなどから2,500万ドルのシリーズB資金調達を実施しました。主な使途はエンジニアリングおよび営業チームの倍増と、AIコンプライアンスOS「Percy」および「Trust Fabric」のR&D加速です。
Q2. AIエージェント「Percy」とはどのようなシステムですか?
「Percy」は、KYC/KYB/AMLなどの金融犯罪コンプライアンス業務を自律的に実行するAI OSです。自然言語のポリシーを解釈して決定論的(Deterministic)に実行し、ウォッチリスト照合を30分から1分未満に、詳細デューデリジェンス(EDD)を3時間から15分未満に短縮します。
Q3. 「Trust Fabric」の役割と特徴は何ですか?
「Trust Fabric」はPercyの下層で動作するナレッジインフラです。個々のアナリストが行った調査や判断(前例)を組織全体の「記憶」として蓄積・共有し、次回の調査に活用させます。データ変更や学習は「AIが提案し人間が承認する」仕組みで統制されます。
Q4. One Footprintのセキュリティ基盤(Nitro Enclaves)の仕組みは?
PII(個人識別情報)などの機密データを保護するため、AWS Nitro Enclavesを用いた隔離環境で処理を行います。データは専用の公開鍵で暗号化されてデータベースに保存され、AWS KMSと連携したEnclave内部のコードからのみ平文へアクセスできる設計となっています。
Q5. RegTech領域で今後エンジニアに求められるスキルは何ですか?
単なるWeb開発やAPI統合にとどまらず、自然言語ポリシーを正確に自動実行させるアルゴリズム設計、監査追跡性(Audit Trail)の担保、およびNitro Enclavesなどの高セキュリティ環境における分散データ基盤の構築・運用スキルが求められています。
8. まとめ:エンジニア視点で押さえるべき重要ポイント
One Footprintのアーキテクチャおよび公式発表から、AIネイティブ時代のシステム開発においてエンジニアが着目すべき点は以下の3点に集約されます。
- 自律型AIエージェントにおける「決定性(Deterministic Execution)」の担保
単にLLMの出力に依存するのではなく、自然言語で書かれた運用規定を解釈し、常に再現可能で完全な監査証跡(Audit Trail)を残すアルゴリズム・実行パイプラインの設計が不可欠であること。
- 組織ノウハウを蓄積・共有する「記憶(Organizational Memory)」インフラの構築
単発の処理で完結させず、「エージェントが提案し人間が承認する」統制モデル(Human-in-the-Loop)を通じて、得られた知見を即座に組織全体の共通記憶として分散共有・利用可能にするアーキテクチャの有用性。
- 機密データ(PII)の徹底的なハードウェア隔離
AIエージェントが高度な推論と外部連携を行う裏側で、AWS Nitro Enclaves等のハードウェアレベルで保護された環境を用い、データベースが侵害されても平文漏洩を防ぐ強固な暗号化基盤を両立させる技術実装の重要性。