要約
2026年7月22日、PsiQuantumがDARPA(米国防高等研究計画局)の「Quantum Benchmarking Initiative(QBI)」において、1億2500万ドルの追加契約を獲得した発表しました。同社は100万物理量子ビット規模の耐量子誤り訂正(FTQC)実現に向け、シリコンフォトニクス(光量子)、チタン酸バリウム(BTO)薄膜スイッチ、フュージョンベース量子計算(FBQC)を組み合わせた技術アーキテクチャを採用しています。
1. DARPA QBI契約のキーファクト
- 契約規模: 1億2500万ドル(PsiQuantumにおける過去最大の政府契約)
- プログラム: DARPA Quantum Benchmarking Initiative (QBI) Stage C
- 評価目的: 2033年までのユーティリティ・スケール(実用規模)量子コンピュータ実現可能性の検証と妥当性確認(V&V)
- 評価項目: 300mmファブでの製造歩留まり、BTO光スイッチの特性、光ファイバー-チップ間結合損失、誤り訂正プラットフォーム(Construct)の実効性
2. PsiQuantumが選択した光量子アーキテクチャの特徴
物理量子ビットを100万個レベルへ拡張する際、従来の超伝導方式やイオントラップ方式と比べて以下の違いがあります。
| 比較項目 | 超伝導方式 | 光量子方式(PsiQuantum) |
| 動作温度 | ミリケルビン(mK、約0.01K) | 4 Kelvin(光子検出器のみ冷却、他は室温) |
| 制御信号・配線 | 同軸ケーブルによる超低温環境への個別配線 | 光ファイバーネットワークによるチップ間伝送 |
| 量子計算モデル | ゲート型量子計算 | フュージョンベース量子計算(FBQC) |
| 製造プロセス | 専用・特注ファブ | 既存の300mm CMOS半導体ファブ |
3. 実用化を支える3つのコア技術スタック
① チタン酸バリウム(BTO: Barium Titanate)電気光学スイッチ
光子の伝播経路を超高速に切り替えるため、シリコン導波路状にBTO薄膜を形成。ナノ秒オーダーの応答速度と低挿入損失を両立し、量産半導体ラインに組み込み可能です。
② 4 Kelvin 動作とヘリウム冷凍インフラ
量子ビット制御部を室温〜4K帯で動作させることで、超伝導方式で課題となる極低温(mK)制御線の配線密度限界を回避します。
③ フュージョンベース量子計算(FBQC)
光子同士を測定(Fusion Measurement)することで計算を進行。光ファイバー結合を介して複数のラックやキャビネット間を相互接続し、分散クラスタ構成を可能にします。
4. 主な技術的課題
- 光損失(Optical Loss)の極小化: 光子の消滅は量子情報の欠損に直結するため、光導波路のエッチング精度とチップ間結合(Edge Coupling)の改善が不可欠です。
- 単一光子源の不可分性(Indistinguishable Photons): 波長・位相が均一な単一光子を安定して大量発生させる多重化回路が必要です。
- リアルタイム誤り訂正デコード: 毎秒数兆回の測定データを低遅延で処理するためのFPGA/ASICインフラが求められます。
エンジニアの仕事はどう変わるか?(実用化時代への変化予想)
2030年代のFTQC(耐量子誤り訂正)実用化に伴い、ソフトウェア・ハードウェア双方のエンジニアの役割は大きく変化します。
- 古典アルゴリズムから「ハイブリッド抽象化」へ:低レイヤの量子ゲートを直接記述する時代から、古典HPC(GPU)とFTQC基盤を接続する高位アルゴリズムの設計へシフトします。すでにPsiQuantumの『Construct』プラットフォームのように、PythonやVSCode環境でリソース見積もりを行いながらFTQC向けアルゴリズムを構築するソフトウェア環境が整備され始めています。
- ドメインエンジニア(材料・化学・金融)の台頭:量子ハードウェアの抽象化が進むことで、物理学者だけでなく「量子を活用して新材料や新薬を設計するドメインエンジニア」が量子プログラミングの主役となります。
- 「光×電気」の統合システムインフラ需要の急増:ハードウェア・インフラ層では、超高速光スイッチング、光ファイバーインターコネクト、極低温パッケージング、および測定結果をリアルタイムで処理するFPGA/ASICネットワークを統合管理するエンジニアの需要が高まります。
エンジニアが今から備えるべきアクション
- FTQC(耐量子誤り訂正)前提のソフトウェアスタックに触れる:ノイズあり(NISQ)の量子計算ではなく、論理量子ビットとリソース見積もりを前提としたソフトウェア(PsiQuantumのConstruct SDKやQiskitの最新モジュールなど)に触れ、大規模計算のリソース設計思想を理解する。
- シリコンフォトニクス・光通信技術の基礎理解:データセンターの光インターコネクト化や光量子コンピューティングの進展を見越し、電気信号から光信号への変換(CPO: Co-Packaged Optics等)や光導波路の基本概念を学習しておく。
- ドメイン知識(ドメインスペシャリティ)の磨き込み:量子計算は万能計算機ではなく、量子化学シミュレーション、最適化問題、暗号など特定の領域で強力な威力を発揮します。自らの専門領域(化学、金融、流体解析など)と量子アルゴリズムの接点を把握しておくことが差別化につながります。
PsiQuantumが提供するFTQCアルゴリズム開発ツール「Construct」の実装や操作感を把握するうえで、以下の公式技術解説動画が非常に参考になります。
Build and simulate fault-tolerant quantum algorithms with Workbench | Inside PsiQuantum’s Construct
この動画では、PsiQuantumのFTQCソフトウェア環境『Construct』に含まれるWorkbenchライブラリを用い、数百万〜数十億演算規模の量子アルゴリズム定義やリソース見積もり(論理量子ビット数とレイテンシのトレードオフ分析)をPython上で行う具体的なプロセスが解説されています。
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