SaaSおよびAIエージェントセキュリティ(Agentic Security)を提供する Reco が、AT&T Ventures等からの投資を含む5,500万ドルの追加資金調達(累計1億4,000万ドル)を実施したことを発表しました。AT&Tは投資家としてだけでなく、自社のエンタープライズ環境においてRecoを活用する顧客でもあります。
大手通信キャリアであり巨大エンタープライズでもあるAT&Tが、なぜRecoへの投資と採用を決めたのか。その背景には、従来のセキュリティやIAM(Identity and Access Management)のアーキテクチャでは対応しきれない「Non-Human Identity(NHI:人間以外のアイデンティティ)とAI Agentの爆発的普及」という構造変化が存在します。
本記事では、プレスリリースのの要約から技術的なパラダイムシフト、競合比較、導入事例までを解説します。
1. プレスリリース要約
- 発表日付: 2026年9月29日(米国東部時間)
- 発表内容: Recoが5,500万ドルのシリーズ追加資金調達を実施(累計資金調達額は1億4,000万ドルに到達)。
- 出資者: AT&T Ventures(戦略的投資家兼顧客)、新規投資家としてForestayおよびQuadrille Capitalが参画。
- 資金の使途: エンタープライズ市場におけるAgentic Security(エージェント指向セキュリティ)の拡大に伴う、販売体制、パートナーシップ、チャネル、カスタマーサポートの増強。
- 背景データと市場動向:
- Gartnerの予測によると、Fortune 500企業1社あたりで稼働するAI Agentの数は、2025年時点の15未満から2028年には15万超へと急増(Agent Sprawl)する。
- Grand View Researchのレポートでは、グローバルのAgentic AI Security市場規模は2025年の13億ドルから2033年には178億ドル(CAGR 38.9%)へ成長すると予測されている。
- プロダクトの特長:
- OpenAI、Anthropic、Microsoft Copilot、Salesforce、ServiceNow、Workdayなど280以上のAPI/SaaS統合を網羅。
- コア技術である「Reco Graph」を通じて、エージェント、ID、アプリケーション、パーミッション、データ流送、自動化ワークフローの相関関係をリアルタイムにマッピング。
2. 会社概要(Reco Labs Inc.)
- 会社名: Reco Labs Inc.
- 設立・拠点: 米国フロリダ州アルタモンテスプリングス(Altamonte Springs)
- 代表者: Ofer Klein(CEO & Co-founder)
- 主要領域: Agentic Security、SSPM(SaaS Security Posture Management)、Non-Human Identity(NHI)ガバナンス、ITDR(Identity Threat Detection and Response)
- 主な認定・認証: SOC 2 Type II、ISO 27001、OpenAI Select Partner、Forbes Technology Council加盟、Cloud Security Alliance(CSA)加盟
3. なぜ「人間のIAM」はAI Agent時代に破綻するのか?
これまで企業が取り組んできたセキュリティの主軸は、OktaやMicrosoft Entra IDに代表される「人間(Human Identity)」の認証・認可でした。SSO、MFA、RBAC(ロールベースアクセス制御)を用いて、「誰がログインし、何の権限を持っているか」を制御していれば一定の安全性を担保できていました。
しかし、AI AgentやNHIが主体となる環境では、従来のIAMアーキテクチャは以下の3つの理由で機能しなくなります。
① 権限チェーンによる「Blast Radius(被害影響範囲)」の爆発
1つのAI Agentには、タスクを遂行するために複数のサービスへのアクセス権限(OAuth ScopesやAPI Token)が与えられます。単体で見れば限定的な権限に見えても、AgentがツールAから取得したデータをツールBのAPIに流し込み、ツールCの自動化ワークフローをキックするといった「権限の連鎖」が発生します。これにより、万が一プロンプトインジェクションや脆弱性(例:CVE-2025-32711 / EchoLeak等のZero-Clickデータ流出リスク)を突かれた際の影響範囲が読めなくなります。
② コンテキスト(実行意図)の消失
従来のログ監査では「サービスアカウントXがAPIを叩いた」ことしか分かりません。その操作が「人が意図した正常な指示に基づくものか」「Agentが誤解して実行したものか」「悪意ある第三者のコンテキスト注入によるものか」という実行コンテキストが判断できなくなります。
③ 「過剰なエージェンシー(Excessive Agency)」の野放し
OWASP Top 10 for LLM Applicationsでも指摘されている通り、開発者やユーザーは利便性を優先してAgentに必要以上の権限(Write権限や管理者権限など)を与えがちです。静的な権限管理テーブル(ACL)では、「普段はリードオンリーで十分だが、特定のタスクの時だけ書き込みが必要」といった動的なコンテキストに対応できません。
4. Recoの解決策:グラフ構造で関係性を紐解く「Reco Graph」
この「人間以外のアイデンティティと無数のアプリ・権限が複雑に絡み合う問題」に対して、Recoが提示した回答が「Reco Graph」と呼ばれるコンテキスト解析エンジンです。
従来のSSPMソリューションが1対1の接続を静的なテーブルで管理していたのに対し、Reco Graphはエンタープライズ内のあらゆる要素をノードとエッジとしてモデル化します。
- Node(ノード): Human Identity, AI Agent, App, Integration, Data, Workflow
- Edge(エッジ): OAuth Scope, API Permission, Active Session, Dependency
これらをグラフデータベース上でリアルタイムに相関分析することで、以下のような高度なガバナンスを可能にしています。
- シャドーAgent / シャドーAIの自動発見:OAuth認可やAPI接続の挙動から、社内で密かに接続された未承認のAgentやプラグインを即座に検出。
- Blast Radiusの可視化:「このAgentが侵害された場合、最終的にどの機密データ(ソースコード、顧客情報、財務データ)まで到達し得るか」を依存関係グラフから即座に算出。
- 高精度なピンポイント修復(Precision Remediation):「AI利用を全面禁止する」というアプローチに頼ることなく、グラフ上で判定された「過剰で未使用なOAuthスコープ」や「不要になった連携アカウント」だけをピンポイントで剥奪・無効化し、開発業務を止めることなくリスクを極小化。
5. 主要競合との技術的アプローチ比較
SaaSおよびAIセキュリティ領域には複数のプレイヤーが存在しますが、アーキテクチャの焦点に明確な違いがあります。
| 比較項目 | Reco | AppOmni | Valence Security |
| セキュリティの軸心 | Identity & Context-Centric(人間・Agent・権限・データ流送の関係性) | Configuration & Posture-Centric(SaaSの設定ミス・コンプライアンス管理) | NHI & SSPM Hybrid(SaaS-to-SaaS連携と設定監視) |
| データモデル | Reco Graph(多対多の動的グラフ構造によるコンテキスト解析) | ポリシーベースの監視ルールおよびUEBA | コンフィグレーションおよび連携アクセス制御 |
| 主な得意領域 | エージェントの過剰権限検知、シャドーAgentの発見、コンテキストに応じたピンポイント修復 | 厳格なセキュリティ設定監査(NIST/FedRAMP準拠など)、リアルタイム設定ドリフト検知 | SaaS間連携(SaaS-to-SaaS)のパーミッション可視化および統合管理 |
| 自動連携エコシステム | Reco Factory(API連携を数時間レベルで迅速構築) | 独自開発のDeep Integrationカタログ(主要アプリに対応) | プラグアンドプレイ方式の主要SaaSコネクタ |
6. エンタープライズ導入事例
主要な導入事例から、異なる業界における課題解決のパターンを抽出できます。
① 通信大手:AT&T
- 課題: 企業規模の拡大に伴い、社内の事業アプリケーションおよびAIエコシステム全体にアクセスするAgentやサードパーティ連携のリスク管理が難化。
- Recoの成果: エージェントのセキュリティリスク、アクセス権限管理、サードパーティ連携に対する可視性を向上。意思決定の迅速化、監査対応性(Audit Readiness)の強化、ガバナンスの厳格化を実現。
② 医療機関:Tampa General Hospital
- 課題: 未評価のベンダーアプリがユーザーの受信トレイ経由で社内環境へ侵入し、手動のインベントリ管理では把握しきれないシャドーアプリやAIが乱立。
- Recoの成果: スプロール(無秩序な拡散)の全貌を可視化し、潜在的な被害リスク(約1億5,000万ドル規模と試算)を特定・管理下に置くことに成功。
③ 製薬・製造:Exela Pharma Sciences
- 課題: 経営陣は「自社にはSaaSアプリはほとんど存在せず、AI利用はブロックしている」と認識していたが、実際の稼働状況が不透明であった。
- Recoの成果: 導入後わずか数日で、社内でアクティブに稼働していた未承認のAIおよびSaaSアプリケーションを検出し、攻撃表面(Attack Surface)を大幅に削減。
④ エネテック:SolarEdge
- 課題: ソーラー発電技術等の重要な知的財産(IP)や特許情報を保持する中、SaaS設定のドリフトや誤検知アラートへの対応にセキュリティチームが追われていた。
- Recoの成果: コンテキストベースの高度なリスク判定により、誤検知(False Positives)を最大99%削減。ノイズを排除し、本質的なデータ露出リスクの迅速な検知と対処を実現。
7. エンジニアが今考えるべき設計原則
Recoの資金調達ニュースは、セキュリティベンダーの成功物語であると同時に、「これからのシステム設計において、開発者が何を考慮すべきか」という強力なメッセージでもあります。
今後、社内システムやプロダクトにAI AgentやLLM連携を組み込むアーキテクトや開発者は、以下の設計原則を意識する必要があります。
- Identity Propagation(ID伝播)の明示的設計:AgentがバックエンドのAPIを呼び出す際、単一の強力なサービスアカウントで代行させる設計(いわゆる”God Mode”)は避けるべきです。可能な限り「どの人間の指示に基づいているか」のコンテキストを保持・伝播できる認可フロー(OAuth 2.0 Token Exchange等)を検討してください。
- Principle of Least Agency(最小代理権限の原則):Agentに与えるツール利用権限(Tools / Functions)は、タスクの実行に必要な最小限に絞り込む必要があります。「何でもできるようにしておけば便利」という設計は、そのままセキュリティ上の致命的な欠陥となります。
- Audit Readiness(監査可能性)の確保:Agentが実行したアクションの履歴は、単なるAPIログとしてだけでなく「意思決定と実行の推移」として追跡可能でなければなりません。コンプライアンスや監査に耐えうるトレーサビリティの設計が不可欠です。