2026年9月、Anthropicは新たなAIモデル「Claude Fable 5.1」と「Claude Mythos 5.1」を発表しました。両モデルは同じ基盤を持ちながら、安全対策や利用できる範囲に違いがあります。Fable 5.1は幅広い利用者向けに提供され、Mythos 5.1はサイバーセキュリティや生命科学に携わる審査済みの利用者や組織を対象に限定的に提供されます。
Fable 5.1では、プログラム開発や知識を使う仕事、長時間にわたる問題解決の力が高められました。さらに、タンパク質の設計や金星の地形分析など、科学研究での具体的な成果も公開されています。一般的な利用では従来モデルより約25%、複雑な処理では最大約45%のコスト削減も見込まれており、AIの活用範囲がさらに広がる可能性があるため、本プロジェクトの詳細を考察します。
参照:Anthropic「Introducing Claude Fable 5.1 and Claude Mythos 5.1」
長時間の複雑な作業に強くなったClaude Fable 5.1
Claude Fable 5.1の大きな特徴の一つは、短い質問に答えるだけでなく、いくつもの作業を順番に進めながら、長時間の仕事を続ける力が高まった点です。Anthropicが行った科学研究向けの評価「Terminal-Bench-Science 0.1」では、Fable 5.1が52.6%を記録しました。同じ条件でAnthropicが確認したFable 5の結果は24.7%となっており、大きな伸びが見られます。ただし、この数値には一定の誤差があることも公式に説明されています。
実際の企業による先行テストでも、長い作業の中で目的を見失いにくく、問題の表面だけでなく原因まで調べられる点が評価されています。投資会社のMillenniumでは、4~5年間原因がわからなかった非常にまれなシステム障害について、Fable 5.1が外部企業のプログラムまで調べ、原因となった不具合を見つけた事例が紹介されています。
MongoDBでは、社内のプログラムや資料を調べながら新しい仕組みを考え、その後の開発まで数時間にわたり進めたと報告されています。こうした事例からは、Fable 5.1が単に答えを返すAIではなく、調査、確認、修正を繰り返しながら一つの仕事を進める役割へ近づいていることがうかがえます。
科学研究で見え始めたClaude 5.1の新たな役割

Claude Fable 5.1とClaude Mythos 5.1では、文章作成やプログラム開発だけでなく、科学研究をどこまで支援できるかも試されています。Anthropicは、薬の研究につながるタンパク質設計、金星の地形分析、生命科学で使われるAIの高速化という3つの事例を公開しました。研究者の代わりにすべてを行うわけではありませんが、これまで多くの時間や費用が必要だった作業をAIが支援できる可能性が見えています。
薬の研究につながるタンパク質の設計を支援
Claude Mythos 5.1では、薬の研究で重要になるタンパク質の設計能力が試されています。薬の中には、体内にある特定の物質と結び付くことで働くものがあります。そのため、目的の相手としっかり結び付くタンパク質を見つけたり設計したりすることは、研究の重要な初期段階になります。
Anthropicは、公開されているタンパク質設計や構造予測の道具をMythos 5.1に使わせ、作られた設計を外部の2つの組織で実際に確認しました。その結果、12種類の対象全体では、実際に結び付くことが確認できた設計の割合が約50%に達したとしています。Anthropicによると、現在のタンパク質設計では10~15%程度が一般的な水準とされています。
また、3種類の対象では、Adaptyv Bioが行ったタンパク質設計コンテストの優れた設計と比べ、高い結合性能が確認されました。今回の結果だけでAIが新薬を開発できるとは言えませんが、研究の初期段階で候補を増やし、人が試すべき方向を見つける手助けとして活用できる可能性があります。
30年以上前の観測データから金星の地形を詳しく分析
Claude Fable 5.1は、宇宙研究に関わるデータ分析にも使われました。Anthropicは、NASAの探査機「マゼラン」が30年以上前に取得したレーダー画像などを使い、金星のおよそ3分の1を対象にした新しい標高地図を作成したと発表しています。
Fable 5.1はAIの学習技術を使ってデータを分析し、従来は10~20キロメートルほどの範囲で見ていた地形を、2~3キロメートルほどの細かさで確認できるようにしました。高さの測定についても、従来より最大25%正確になったとされています。
新しい地図はCreative Commonsライセンスで公開されています。Anthropicは、今後予定されているNASAのVERITASや欧州宇宙機関のEnVisionといった金星探査で、どの場所を詳しく観測するか考える際に役立つことを期待しています。この事例は、昔集められた大量の研究データをAIでもう一度分析することで、以前は見つけにくかった情報を引き出せる可能性を示しています。
生命科学で使うAIの計算を最大2.5倍に高速化
生命科学の研究では、遺伝子やタンパク質を調べるために専用のAIを何度も動かすことがあります。大規模な研究になると、同じような計算を数千回行う場合もあり、処理時間とコンピューターの利用費用が大きな負担になります。
Claude Mythos 5.1は、公開されている7つの生命科学向けAIについて、計算方法を見直しました。処理の途中で得られた結果を再利用する仕組みなどを取り入れたことで、答えを変えることなく最大2.5倍の高速化に成功したとAnthropicは説明しています。
また、大規模な遺伝子分析を行う場合には、高性能な計算用コンピューターであるGPUの費用を約30~60%減らせる可能性があると試算されています。こうした改善は通常、専門の技術者が数週間かける場合がありますが、Mythos 5.1は公開されているプログラムだけを使って数日で取り組みました。今後、計算環境が限られる大学や研究機関でも、大きな分析に挑戦しやすくなる可能性があります。
高性能なAIを安心して使うための新しい仕組み
Claude Fable 5.1とClaude Mythos 5.1では、AIの能力を高めるだけでなく、企業の情報をどのように守るのか、危険につながる使い方をどう防ぐのかも重視されています。特に生命科学やサイバーセキュリティは、人や社会を助ける用途がある一方、使い方によっては問題につながる可能性があります。Anthropicは、通常の利用まで必要以上に止めないよう改善しながら、高度な能力については利用できる人を分ける方法を採っています。
企業のデータを自社側で管理できる仕組み
企業がAIを仕事に使う場合、回答の性能だけでなく、入力した資料や社内情報がどこに保存されるのかも重要です。Anthropicは「Enterprise Frontier Safeguards(EFS)」という新しい仕組みを用意しています。
EFSでは、対象となる企業のデータをAnthropicの環境ではなく、利用企業が管理するクラウド環境に保存します。安全上の理由から人が内容を確認する必要が生じた場合も、基本的にはAnthropicではなく利用企業側が確認する形になります。Anthropicは、データを保存しない契約と同じ水準のプライバシーを実現できる仕組みだと説明しています。
EFSは、金融、医療、製造、通信、法律、小売、公共分野など100社を超える企業と協力して開発されました。Claude CodeやClaude Enterprise、Amazon Bedrock、GoogleのAgent Platform、Microsoft Foundryなどへの対応も予定されています。2026年秋から段階的に提供される予定で、それまでの間は対象となる企業がFable 5.1をデータ保持なしで利用できる仕組みも用意されています。
問題のない利用まで止めにくい安全対策へ改善
AIには危険な使い方を防ぐ仕組みが必要ですが、制限が強すぎると、問題のない質問まで使えなくなってしまいます。Fable 5.1では、安全性を保ちながら、このような行き過ぎた判定を減らす取り組みが進められました。
生命科学では、基礎的な生物学や医療に関する問題のない質問に安全対策が作動する割合が、Fable 5の提供開始時に使われていた仕組みと比べて85%減ったとされています。ただし、生命科学の研究開発に関わる一部の質問は、引き続き別のClaudeモデルへ切り替えられます。
サイバーセキュリティでも仕組みが見直され、Fable 5.1ではソフトウェアの弱点を見つける防御目的の利用が認められるようになりました。Claude Codeでは、サイバー分野の安全対策による介入回数が、Fable 5で使われていた従来の仕組みと比べて、1回の利用あたり平均約60%減る見込みです。一方、攻撃方法の作成など一部の用途には引き続き制限があります。
Mythos 5.1は審査された利用者に限定して提供
Claude Mythos 5.1はFable 5.1と同じ基盤を使っていますが、サイバーセキュリティや生命科学について、Fable 5.1より幅広い使い方が認められています。そのため、誰でも自由に利用できるわけではなく、Anthropicが確認した個人や組織を対象とする制度を通じて提供されています。
生命科学では「Life Sciences Verification Program」が用意されており、専門家が研究開発に必要な機能を利用できる仕組みです。米国政府との協力のもとで最初の参加者が登録されており、今後は対象を広げる計画です。
サイバー分野には「Cyber Verification Program」があります。ただし、2026年9月時点では、この制度を通じたMythosモデルへのアクセスは今後追加される予定の段階です。Mythos 5.1自体も現在は米国の一部組織への提供に限られており、Anthropicは対象地域や組織を広げるための調整を進めています。高性能な機能を一律に公開するのではなく、利用目的を確認したうえで提供する考え方が特徴です。
継続して使いやすくする料金と利用環境
Claude Fable 5.1では、性能だけでなく、仕事で繰り返し使う場合の費用も見直されています。大きく変わったのが、一度読み込んだ情報をもう一度使う「キャッシュ読み取り」の料金です。これは、長い資料や過去の会話など、すでにAIが処理した情報を再び利用するときに使われる仕組みです。Fable 5.1では、この料金がFable 5より75%安くなり、100万トークンあたり0.25ドルとなりました。
一方、通常の入力は100万トークンあたり10ドル、出力は50ドルで、この部分はFable 5から変わっていません。つまり、すべての料金が安くなったわけではなく、過去に読み込んだ情報を繰り返し使う作業ほど費用を抑えやすくなった形です。
Anthropicの試算では、一般的な使い方の場合、Fable 5と比べて全体の費用が約25%下がるとされています。大量の情報や複数の道具を使いながら何段階もの仕事を進めるような使い方では、最大約45%の削減が見込まれています。
Fable 5.1はClaude APIのほか、Amazon Web Services、Google Cloud、Microsoftのサービスなどでも利用できます。すでに企業が使っているクラウド環境から導入できることは、試しに使う段階から日常業務で使う段階へ移りやすくする要素といえます。性能だけでなく、使い続けた場合の費用や導入しやすさまで見直されている点も、Fable 5.1の重要な特徴です。
今後の展望
Claude Fable 5.1とMythos 5.1の発表からは、AIが質問に答えるだけの道具ではなく、研究設備との連携や専門分野での役割分担、仕事全体の効率化へ活用される可能性が見えてきます。ここでは、Anthropicが公開した取り組みをもとに、今後考えられる3つの方向を考察します。
AIが研究データを見るだけでなく、実験まで支援する可能性
今後注目されるのが、AIが研究データを分析するだけでなく、実際の研究機器とつながって実験を支援する使い方です。Anthropicは2026年8月27日、「Model Hardware Standard(MHS)」の研究プレビューを、一部の研究機関や先進的な製造企業向けに始めました。これは、顕微鏡や液体を自動で扱う装置、ロボットアームなどをAIから利用しやすくするための共通の仕組みです。
現在の研究現場では、機器によって操作方法や接続方法が異なることが多く、複数の装置をつなげるだけでも専門家による準備が必要になります。Anthropicは、MHSを使うことで、これまで数週間から数カ月かかる場合があった接続作業を、数時間や数分まで短くできる可能性があると説明しています。
MHSはまだ一般公開された仕組みではなく、将来の公開に向けて安全性や使い方を確かめている段階です。それでも、Fable 5.1やMythos 5.1の研究能力と組み合わされば、将来はAIが実験結果を確認し、次に試す条件を考え、機器を動かし、その結果からさらに条件を調整するといった流れを支援する可能性があります。
これは現時点で完成している使い方ではありませんが、人がすべての細かな操作を続けるのではなく、重要な判断や確認は研究者が行い、繰り返し作業をAIが支える形は考えられます。研究者が新しいアイデアを試すまでの時間を短くすることができれば、研究そのものの進め方にも変化が生まれる可能性があります。
全員が同じAIを使うのではなく、仕事内容に合わせて使い分ける形へ
Fable 5.1とMythos 5.1が同じ基盤を使いながら、利用できる範囲を分けていることは、企業や研究機関におけるAIの管理方法にも一つの考え方を示しています。今後は単に「どのAIを導入するか」を決めるだけではなく、「誰が、どの仕事で、どこまで使えるようにするか」を決めることが重要になる可能性があります。
たとえば、一般的な資料作成、情報整理、プログラムの確認などは幅広い社員がFable 5.1で行い、より専門的な生命科学やサイバーセキュリティの仕事では、必要な審査を受けた専門家がMythos 5.1を利用するという形が考えられます。重要な処理については、AIだけで決めず、人の確認を必須にする方法もあります。
これはAnthropicが企業向けの決まった運用方法として発表しているものではなく、FableとMythosの提供方法から考えられる今後の活用例です。しかし、AIの能力が高まるほど、会社の全員に同じ機能をそのまま渡す方法では管理しにくくなることが予想されます。
人事、経理、開発、研究、情報システムなど、仕事内容によって必要なAIの能力は異なります。社員の役割に合わせて使える機能を変えれば、便利さを保ちながら、必要以上の権限を持たせない運用もしやすくなります。FableとMythosの関係は、将来の企業AIが一つのチャット画面だけではなく、仕事ごとに利用範囲を変えられる仕組みに発展していく可能性を示しています。
AI選びが「一番賢いモデル」から「仕事全体の効率」で判断される可能性
Fable 5.1の性能評価と料金の変更を見ると、今後はAIの回答がどれだけ優れているかだけでなく、一つの仕事を終えるまでにどの程度の時間や費用が必要なのかも重要になると考えられます。
AnthropicはFable 5.1について、AIが考える量を抑えたLowやMediumという設定でも、内容によってはFable 5に近い、またはそれ以上の結果を、より低い費用で出せると説明しています。つまり、すべての仕事でAIの能力を最大まで使う必要があるとは限りません。
企業で利用する場合、簡単な文章整理や資料確認には比較的軽い設定を使い、複雑なシステム障害の調査や大きな設計作業では、より多くの計算を使う設定に切り替える方法が考えられます。このように仕事内容によって使い方を変えれば、必要な品質を保ちながら費用を調整しやすくなります。
さらに、AIを評価するときも、1回の回答にかかった料金だけを見るのではなく、仕事を始めてから完成するまでの費用、人が修正するために使った時間、途中でやり直した回数などをまとめて確認する方法が考えられます。
こうした評価方法はAnthropicが企業向けの正式な基準として示したものではありません。しかし、AIが仕事の一部分だけでなく、調査から成果物の作成までをまとめて担う場面が増えれば、「最も性能が高いAI」だけを選ぶのではなく、「必要な品質の仕事を、どの程度の費用と手間で最後まで終えられるか」で選ぶ考え方が広がる可能性があります。