ブロックチェーンは物流業界をどう変える?|現状・事例・将来性を解説
近年注目されているデジタル技術「ブロックチェーン」は、社会を大きく変化させる可能性を秘めています。
金融業界や教育業界、物流業界など、様々な領域でブロックチェーンは応用されていますが、本記事では「物流×ブロックチェーン」に焦点を当てて解説します。
この記事では、まず最初に、初心者にも分かりやすくブロックチェーンの特徴や、物流業界の現状を解説します。そして、活用事例を4件挙げて、そこから考えられるメリットとデメリットをまとめます。最後に、将来の展望を考察します。
「ブロックチェーン」とは
「ブロックチェーン」とは、一定量のデータ集合を一つのブロックとし、ブロック同士をチェーン状(鎖状)につなげることでデータを管理するデジタル技術です。
個々のブロックには、新規データに加えて、一つ前のブロックの内容を示す「ハッシュ値」と呼ばれるデータも格納されています。ハッシュ値を格納することで、データの改ざんが実質不可能な仕組みとなっています。一つのデータを改ざんすると、それ以降のブロック全てのハッシュ値も改ざんする必要があるからです。
その他にも、ブロックチェーンは「スマートコントラクト」、「コンセンサスアルゴリズム」などの特性も併せ持ちます。これらの詳細については、後述する文章内で合わせて説明します。
ブロックチェーンについて、より詳しく知りたい方は以下の記事をご参照ください。
物流業界の現状
「物流」は課題が山積みの業界として知られています。
日本では「2024年問題」と呼ばれる、物流業界における早急の課題があります。
この課題は、2024年4月に施行された働き方改革関連法によって、トラックドライバーの労働時間が制限されたことに起因します。
この法律では、物流業界での長時間労働が改善できる期待が持てます。一方、トラックドライバーの労働時間が減ることで、従来通りの物流スピードが保てないという課題が生じます。これが「2024年問題」です。
したがって、より効率的な方法で物流を行うことが求められています。
その他にも現在、物流業界は以下の課題を抱えています。
- 人手不足
- 燃料費の高騰
- 配送の小口化、多頻度化
- アナログかつ複雑な書類管理
これらの課題を解決するためにも、「作業効率化」を真剣に考える必要があるのが現在の物流業界です。
物流業界におけるブロックチェーンの活用事例
1, 株式会社ニトリホールディングス
家具や生活雑貨の小売りを生業とする株式会社ニトリホールディングス(以下、ニトリ)は、ブロックチェーンを活用した物流効率化を目指しています。
ニトリは、全国に150社の運送会社、2万4000台の車両、1万6000人のドライバーを抱えています。そのため、それらの委託先との連携強化が物流効率化につながります。
具体的には、「効率的な人員配置の計画策定」や、「トラックの積載率を高めるためのデータ管理方法」として、ブロックチェーン技術が力を発揮しています。
ニトリは個人事業主に直接配送依頼ができる仕組みも作ろうとしています。そこで重要となるのが、依頼するドライバーのスキルや実績データです。
それらのデータをデジタル上、かつ信頼性が高い状態で確認できる方法として、ブロックチェーンが用いられています。
2, 日本郵船
海運業界大手の日本郵船が、ブロックチェーン技術を用いた電子通貨プラットフォーム「MarCoPay」のサービスを2020年に開始しました。日本郵船では多くの外国人乗組員が船上で働いており、「MarCoPay」はそうした人たちを対象に運用されています。
サービス導入以前の船上では、現金で乗組員に給料が支払われていました。しかし、現金支払いだと、いくつかの問題が生じます。
まず、母国の家族へ仕送りするまでに時間がかかる点です。船内にATMがあるわけではないので、数週間~数か月間の航海中にタイミングよく立ち寄った港で送金手続きをするしかありません。
そして、船内に持ち込んだ現金の管理に関するコストとセキュリティの問題です。船上という特殊な環境下においては、現金を管理するだけでも多大なコストがかかり、セキュリティ面に注意を払うのも一苦労です。
これらの問題を解消するために「MarCoPay」が使われています。アプリ内では、ブロックチェーンにより信頼性や安全性が担保された電子通貨の取引を行えます。
関連リンク:MarCoPay公式サイト https://www.marcopayinc.com/
3, Walmart
世界最大の小売企業であるWalmartは、物流にブロックチェーンを活用している企業の一つです。アメリカを拠点として世界中に店舗を構える当社が特に力を入れているのは、「食品のトレーサビリティ(追跡可能性)確保」と「事務作業の効率化」です。
まずは「食品のトレーサビリティ確保」について説明します。Walmartは世界中から食品を仕入れており、サプライチェーンが複雑化しているため、食品供給源の特定が困難である問題を抱えていました。
食品の供給源が不明瞭であると、悪性ウイルスに感染した食品が流通した際にそのウイルスの感染源・感染経路が特定できないため、食品の大量廃棄や、被害拡大、消費者の不安感増大につながります。
それらの問題を解消するために、Walmartはブロックチェーンをベースとした食品トレーサビリティシステムを構築しました。
2016年にアメリカの店舗で実施したマンゴーの供給源を特定する作業では、従来の仕組みでは7日かかっていましたが、ブロックチェーンを用いると2.2秒で供給源を特定できました(参考:https://www.hyperledger.org/case-studies/walmart-case-study)。
「事務作業の効率化」に関しては、Walmartが提携する社外運送業者との間で発生する問題を解決するためのアプローチです。
Walmartは、自社のみでは賄いきれない物流を社外の運送業者70社と連携して行っています。しかし、委託した運送業者とWalmartで運送データの共有を行う際に、互換性のない複数種類のシステムでデータ管理をしていました。
その結果、1枚の請求書中で70%以上の問題個所が見つかることもあり、確認作業に多大なコストを払わなければならない問題を抱えていました。
請求書確認の作業を効率的に実行するために導入したのが、ブロックチェーンによるデータ管理・共有システムです。複雑化していたデータ管理システムをブロックチェーンのシステムに統合することで、配送の追跡と取引の検証、さらにはリアルタイムでの書類の自動更新を実現させました。
結果的に、ブロックチェーンシステムによって、請求書の不一致は以前の70%から1.5%まで大幅に改善しました(参考:https://www.hyperledger.org/case-studies/dltlabs-case-study)。
関連リンク:Walmart公式サイト
4, 独立行政法人国際協力機構(JICA)
独立行政法人国際協力機構(JICA:以下、JICA)は社会問題の将来的な解決を目指して、2021年にコートジボワールにて、ブロックチェーンを用いたトレーサビリティシステムの実証実験を行いました。
JICAが解決しようとしているコートジボワールの問題は、カカオ生産地域での児童労働問題です。
シカゴ大学NORC研究所の報告によると、該当地域における5〜17歳の子どものうち、37%が「危険を伴う児童労働」に従事しています(参考:https://www.norc.org/PDFs/Cocoa%20Report/NORC%202020%20Cocoa%20Report_English.pdf)。
そのため、教育を受けたくても受けられない子どもがおり、将来が不安視されています。
JICAは、カカオの生産過程を透明化することで、物流関係者にも児童労働問題を把握してもらうことが重要だと考えました。そこで、ブロックチェーンを活用した児童労働のモニタリングシステムを考案しました。
左:サプライチェーンの現状/右:ブロックチェーンを活用したサプライチェーン
(引用元:https://www.jica.go.jp/Resource/topics/2022/20220624_01.html)
上図における左の状態(現状)だと、最上流であるカカオ農家の状況を、最下流である小売店まで伝えることは困難です。
一方、ブロックチェーンを活用した右の状態だと、「ブロックチェーン トレーサビリティー システム」を全関係者が共有することで、誰でもカカオ農家の状況を知ることができます。
本システムはまだ実証実験段階ではあるものの、今後のさらなる活用により、諸問題の解決につながると期待されています。
関連リンク:
JICA「子どもの学びを守る、児童労働撲滅に向けたブロックチェーンシステムの可能性」 https://www.jica.go.jp/Resource/topics/2022/20220624_01.html
JICA「コートジボワール国 ブロックチェーン技術を活用した児童労働の防止に係る情報収集・確認調査 ファイナル・レポート」https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/12368791.pdf
ブロックチェーンを活用するメリット・デメリット
活用事例を踏まえて、物流業界でブロックチェーンを活用するメリットとデメリットを考えます。
メリット
・業務効率化
・コスト削減
・高い信頼性の確保
業務効率化
物流業界において、ブロックチェーンが最も大きな効果を発揮するのが業務の効率化です。
ブロックチェーンの特徴であるスマートコントラクト(データの照合を自動的に行う仕組み)を活かせば、業務処理を自動化することができます。
活用事例で紹介した4例では、いずれにおいてもブロックチェーンの導入によって、業務の簡略化とスピーディーなデータ管理が実現されました。
この利点を活かせば、冒頭で挙げた物流業界の課題を解決することにもつながります。ブロックチェーンで様々なデータを管理することで、人員配置や、製品の輸送方法、製品管理などが効率化できます。
コスト削減
物流業界にブロックチェーンを活用すると、コストを削減できます。
先述のメリットである「業務効率化」の結果として、人件費や管理費等のコストを減らすことができます。
さらに、ブロックチェーンシステムはデジタル上で動作するため、従来の物理的な書類を準備・管理する必要がなく、コストが削減できます。
また、ブロックチェーンを用いると、高スペックのサーバーを自社で用意する必要がないため、維持費の低さも魅力的です。
高い信頼性の確保
物流業界にブロックチェーンを活用すると、高い信頼性を確保できるメリットがあります。
ブロックチェーンは、ハッシュ値やコンセンサスアルゴリズム(データ管理を限られた人のみで行うのではなく、多くの人で行うことでデータの真正性を担保する仕組み)による信頼性の高さが強みです。
その強みをトレーサビリティシステムに活かすことで、産地偽装などの不正を排除した信頼性の高い製品を流通できます。
JICAのように、サプライチェーン全体をブロックチェーンで透明化することにより、消費者は製品に対する信頼感や安心感を抱くでしょう。
さらに、ニトリやWalmartのように、社外業者とのコミュニケーションにおいても、ブロックチェーンはデータ照合の信頼性確保に貢献します。
デメリット
・誤データの訂正が難しい
・既存システムからの移行に手間がかかる
・ネットワーク混雑時の処理遅延
誤データの訂正が難しい
ブロックチェーンのデメリットとして、誤ったデータを訂正するのが難しいことが挙げられます。
ブロックチェーンはデータの改ざんが実質不可能である特徴を持つがゆえに、意図せず不正確なデータを格納してしまった時に書き換えるのが難しいです。
万が一、誤データを格納してしまうと、かえってシステム管理が複雑化する可能性が考えられます。
既存システムからの移行に手間がかかる
物流業界にブロックチェーンを活用するには、既存システムからの移行に手間がかかるデメリットがあります。
長年採用されてきた既存システムからの移行は困難です。
関係者の理解を得ることや、技術的な問題、コスト面(費用対効果)の折り合いなど、様々な要素を考慮する必要があります。
移行後でも、システムに慣れるまでは運用における経過観察が必要でしょう。
ネットワーク混雑時の処理遅延
ブロックチェーンには、ネットワークが混雑している時にデータ処理が遅くなるデメリットがあります。
コンセンサスアルゴリズムの性質上、ブロックチェーンではネットワーク上で多くの経路を通る必要があります。そのため、一度に大量のデータを格納するとコンピュータが対応しきれず、結果を返すまでに時間がかかることもあります。
こうしたデータ処理の遅延も念頭に置いてブロックチェーンを活用することが大切です。
「物流×ブロックチェーン」の将来展望
現状をもとに、今後の「物流×ブロックチェーン」の動向について考えます。
まずブロックチェーンの市場規模から考えます。
株式会社グローバルインフォメーションによると、ブロックチェーンの世界市場は、2022年の74億ドルから、2027年には940億ドルまで成長すると予測されています(参考:https://www.gii.co.jp/report/mama1238670-blockchain-market-by-component-platforms-services.html)。
その他にも、ブロックチェーン業界の変遷を調査したデータでは、業界の拡大傾向を示しているものがほとんどです。
したがって、物流業界でのブロックチェーン活用は今後ますます広がっていくでしょう。
それを前提に、本項目では「製品」、「通貨」、「労働者」の3つの観点からブロックチェーンの将来的な可能性について考えます。
製品
将来の物流業界では、ブロックチェーンを用いたトレーサビリティシステムの一般的な普及が考えられます。
WalmartやJICAの事例のように、トレーサビリティシステムにブロックチェーンを活用することで、より安全で効率的な製品供給が実現します。
製品流通におけるデータ規格をブロックチェーンで統一することにより、サプライチェーンにおけるデータ管理の複雑化を防ぐこともできます。
したがって、「ブロックチェーン トレーサビリティ システム」の世界的な導入が今後起こりうるでしょう。
通貨
将来の物流業界では、ブロックチェーンを用いた統一通貨の導入が考えられます。
日本郵船の事例で紹介したように、物流業界においてはデジタル上で通貨交換ができる利点は計り知れません。コスト削減やセキュリティの向上など様々なメリットがあります。
物流は国境を越えた取引機会が数多くあります。他国との取引の際に、取引先の通貨に逐一交換したり、為替変動を考慮したりする手間を省くために、物流業界全体で取引通貨を統一させることにはメリットがあります。
通貨のデジタル化・統一化のメリットを踏まえると、将来的にブロックチェーンをベースとした統一的な電子通貨が導入される可能性もあるのではないでしょうか。
労働者
将来は物流業界に従事する労働者にブロックチェーンが活用されることが考えられます。
ニトリの事例で紹介したように、ブロックチェーンを活用すると、信頼性の高さを保持して労働者の職歴やスキルを確認することができます。この利点を最大限に生かすことで最適な人員管理が実現できます。
将来的には、労働者一人一人のキャリア全体を、ブロックチェーン技術で証明するデータ管理方法が普及するのではないでしょうか。
実際に、キャリア証明の前段階的な取り組みとして、教育分野では千葉工業大学が「NFT学位証明書」と銘打った大学の卒業・修了をブロックチェーンで証明するデジタルデータを発行しました。
千葉工業大学のブロックチェーンに関する取り組みに関して、詳しく知りたい方は以下をご参照ください。
以上のように、将来的な物流業界では、「製品」、「通貨」、「労働者」の側面で大きな変化が訪れる可能性があります。
まとめ
物流業界とブロックチェーンは非常に相性の良い組み合わせです。
物流業界における効率性や信頼性の大幅な向上にブロックチェーンは寄与します。ブロックチェーンの有効活用ができれば、2024年問題をはじめとする物流業界の課題を解決できるでしょう。
導入までの障壁はありますが、ブロックチェーンの市場拡大や、物流業界における活用の現状を踏まえると「物流×ブロックチェーン」の可能性の高さを感じさせられました。
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