AIが風景を音楽に変える KIAの新技術が視覚障害者に「旅の情景」を届ける

2025年4月10日、韓国の自動車メーカーKIA(キア)が、ヨーロッパの広告代理店INNOCEANと共同で開発した技術「KIA Soundscapes」を発表した。AIを活用して車窓の風景を音楽へと変換するシステムであり、視覚障がい者がロードトリップの魅力を体感できることを目的とした芸術的実験だ。
風景をAIによって音にする
「KIA Soundscapes」は、風景と音楽を結びつけることで、視覚に頼らず風景の存在を感じ取れるように設計されたAI技術だ。
開発はKIAとINNOCEANヨーロッパによって進められ、特に視覚障がいを持つ人々が旅の美しさを享受できるようにするという目的があるという。
プロジェクトは神経科学の知見を基に構築されている。
近年、音楽が視覚障害者の脳内視覚野を活性化させることが確認されており、この作用を応用して音楽を新たな知覚のチャネルとする発想でプロジェクトを進行した。
技術の中核をなすのは、車に搭載された先進運転支援システム(ADAS ※)とAIの連携だ。
車載センサーやカメラが捉えた風景のビジュアル情報を、AIがリアルタイムに音楽へと変換する。
例えば、沿道に並ぶ木々は柔らかい木管楽器の旋律に、遠くにそびえる山々は深い共鳴音へと変換されるという。
また車の速度に応じてテンポや曲調が変化し、まるで走行自体が一つの交響曲となるかのような体験が生まれる。
この技術の実験は、サンティアゴ郊外で実施され、広大な自然と変化に富んだ風景のなかを走るKIAの車両が、現地の風景を次々と音に変えていった。
この様子は2本の短編ドキュメンタリー作品としてまとめられ、今後KIAの公式ウェブサイトで公開される予定である。
また、オリジナル楽曲も同サイトで視聴可能となる見通しだ。
マーケティングディレクターのヒルバート氏は「KIAでは、動きがアイデアを生み出すと考えている。そこで、視覚障害のある乗員に世界を異なる方法で体験する機会を提供したいと考えた」と述べる。そのうえで技術がバリアを取り除き、インクルーシブな世界の構築に貢献できるかを探る試みだとした。
※先進運転支援システム(ADAS):ドライバーの安全運転を支援するシステム。センサーやカメラを用いて周囲の状況を把握し、自動ブレーキや車線維持支援などの機能を提供する。
感性の領域へのAIの応用
このプロジェクトは、技術と感性の融合によって移動体験を再定義しようとする挑戦だ。
現時点では商業展開の予定はないが、KIAにとってこのプロジェクトはAIを芸術的領域で活用した初の試みとなる。
一方で、システムのリアルタイム性やAIの解釈精度がどの程度のクオリティで提供されるのかという疑問が残る。
音楽の質と瞬間の風景の適合度、あるいはその更新頻度は、体験の没入感に大きく影響するため、テクノロジー側のチューニング精度が問われる領域となるだろう。
AIの自動車への応用は実用的なものが多かったが、人間の感覚や感性の領域にもAIの活用が進むという点で、このプロジェクトは意義深い。
実際に体験した人がどのような感想を抱くかはまだ不明だが、インタラクティブな芸術体験やアクセシビリティはAI独自の強みであり、新たな応用例として注目に値するだろう。