2026年6月12日、高輝度光科学研究センター(JASRI)などの研究グループは、事前学習データを必要としないAI解析法を開発したと発表した。大型放射光施設SPring-8の軟X線ARPESで実証され、短時間の測定データから電子状態を鮮明に可視化できることを確認した。AI導入の障壁だった「正解データ不足」の克服につながる成果として注目される。
学習不要AIで短時間測定から電子状態を抽出
放射光や中性子を用いた先端科学計測では、未知の現象を対象とすることが多く、大量の教師データを準備しにくい。そのため、高性能なAIの実験現場への導入は限定的だった。
今回、JASRI、電気通信大学、熊本大学の研究グループは、深層事前分布(※)を利用した新たなAI解析法を開発した。解析対象となる1枚の測定画像ごとにニューラルネットワークを最適化し、本来の信号を優先して再現する性質を利用することで、事前学習なしでもノイズやアーティファクトを除去できる。
研究では、大型放射光施設SPring-8のBL25SUで取得した軟X線ARPESデータを用いて有効性を検証した。重い電子系物質「CeRu2Si2」の測定画像には、ランダムノイズや装置由来の格子状アーティファクトが含まれていたが、本手法はそれらを分離し、電子状態に由来するバンド構造の抽出に成功した。
従来の標準測定では2880秒を要していたのに対し、40秒測定データでは主要な特徴をより鮮明に可視化し、約70倍の高速化を実現した。10秒測定でも定性的なバンド構造の把握が可能であり、最大約300倍の高速化の可能性が示された。
※深層事前分布(Deep Prior):深層ニューラルネットワークが持つ構造的な特性を利用し、事前学習なしでも画像の本質的な特徴を優先して再現する考え方。ノイズ除去や信号抽出への応用が進んでいる。
AI for Science普及の追い風に、適用範囲の検証も課題
今回の成果は、先端科学計測の実験効率向上に寄与する可能性を示した点で注目される。開発したAI解析法は約20秒で処理が可能とされており、測定時間が20秒を超える条件では、測定と並行したリアルタイム解析も視野に入る。測定時間の短縮は放射光による試料損傷の低減にもつながり、限られた試料を扱う材料研究や量子物質研究の効率化を後押しすることが期待される。
一方で、本手法の有効性が確認されたのは軟X線ARPESにおける実証であり、他の先端科学計測への適用には追加の検証が求められる。X線散乱や中性子散乱、X線CTなどには固有のノイズやアーティファクトが存在するため、対象データに応じた最適化が必要になるとみられる。こうした点を踏まえると、幅広い分野への展開可能性を評価しつつも、その適用範囲については慎重に見極めていく姿勢が重要だろう。
それでも、教師データを事前に用意できない未知現象に対してAI活用の道筋を示した意義は小さくない。従来のAIは大量の学習データを前提とするケースが多かったが、本成果は未知の対象を扱う科学計測への応用可能性を広げるものと言える。今後、関連分野での検証が積み重なれば、「AI for Science」の実装を後押しする技術の一つとして位置付けられていく可能性がある。
熊本大学 ニュースリリース
関連記事: