noteで読まれる記事の書き方 CXOが明かすAI時代に「推されるコンテンツ」の条件とは

noteの推し基準から考える、AI時代の「書き手」のあり方
2026年1月21日、コンテンツプラットフォーム「note」は、同社が中長期で目指すコンテンツのモデレーション方針、すなわち「どのような記事をオススメとして評価するのか」という基準について、CXOである深津貴之氏が言及した。
これは単なる表示アルゴリズムの説明ではなく、今後noteという場で、どのようなコンテンツが価値を持つのかを示す意思表明でもある。
生成AIの普及によって、文章を書く行為はかつてないほど容易になった。
一方で、情報は急速に増殖し、どこを読んでも似たような内容が並ぶ状況が散見される。
いま問われるのは、何を書くか以前に、なぜそれを自分が書くのかという根本的な問いだろう。
いま文章を書くことにどのような価値が求められているのか。本稿では、深津CXOが示した「推し」の基準を手がかりに、書き手は何を変えるべきなのかを解説する。
noteが示した「推し基準」の全体像
①一次情報と人間の体験を重視
noteが示したコンテンツの推し基準において、最も高く評価されるのは、書き手自身の体験や現場で得た知見、個人の試行錯誤といった一次情報だ。
深津CXOは「noteでは「一次情報」と「生の体験の記録」「私の気づき」の発信を、今後より積極的に応援していきたい」と述べている。
他者が容易に代替できない経験や気づきが含まれていることが重視され、単なる感想ではなく、背景や経緯、失敗談を含む具体性が求められる。
②AIは補助線、主体は常に人
注意したいのは、ここで示されている基準が、必ずしも生成AIの活用そのものを否定しているわけではないという点だ。
一次情報を持つ書き手が、思考や編集を補助する道具としてAIを用いることは、推し基準の中でも正しい手法として明確に位置付けられている。
重要なのは、文章の主語が誰にあるのかという点である。AIが出力した内容をそのまま並べたものではなく、書き手自身が判断し、取捨選択し、責任を持って構成しているかどうかが問われる。
AIはあくまで人間の思考を支える補助線であり、意思決定の主体は常に書き手にあるとされている。
この基準は、AI技術の利用可否ではなく、情報に対する責任の所在を重視していることが明示されている。
③大量生成や攻撃的表現は非推奨
一方で、独自性のない情報を大量に自動生成しただけのコンテンツは、推奨の優先度が低いとされる。
既存情報の要約や再編集にとどまり、新たな知見や文脈を付加していない場合、プラットフォームとして積極的に広げる理由が見出しにくい。
また、他者への攻撃や断定的な主張、過度に不安を煽る表現についても、知見の蓄積や健全な議論につながりにくいとして、推されにくい傾向を示している。
オススメされやすいコンテンツの具体例
では、ここで述べられたnoteの3つの推し基準を踏まえた場合、どのようなコンテンツが実際に「オススメされやすい」状態に近づくのだろうか。
①論点が明確で、文章が自己完結している
まず重要なのは、何を伝えたい文章なのかがはっきりしていることだ。
何について書かれているのか、どの問いに答えようとしているのかが冒頭から読み取れる文章は、読者にとって理解しやすく、システム側からも把握されやすい。
加えて、文章そのものが自己完結していることも評価につながる。
「続きは別媒体で」「詳細は別リンクで」といった前提を置かず、そのテキスト単体で内容が理解できる構造が求められる。
これは読者体験の観点だけでなく、AIやレコメンドシステムが内容を正確に解釈するうえでも重要な要素だ。
②情報を並べるのではなく、視点をもって編集している
評価されやすいコンテンツには、断片的な情報を単に列挙するのではなく、書き手自身の視点で編集・編纂しているという共通点がある。
なぜその情報を選び、どのような順序で配置したのかが文章から読み取れる場合、そこに一次性が生まれる。
また、意見と事実が明確に区別されているかどうかも重要だ。事実として何が起きているのか、そのうえで書き手はどう考えるのかが整理されている文章は、読み手に誤解を与えにくく、信頼性も高まりやすい。
③初心者への配慮と、出典の明確さが信頼を支える
様々な分野の初心者に向けた入門的なコンテンツも、推されやすい傾向にある。
ただし、それは単に易しい言葉で説明することではない。自分自身が理解に時間を要した点や、実体験・身体感覚を伴う気づきが含まれていることが重要だ。
専門性の高いテーマについては、適切な引用が行われているかどうかも評価に影響する。
出典が追える形で情報が示されている文章は、内容の正確性を担保し、知見の蓄積につながる。
これは単なる形式的な配慮ではなく、プラットフォーム全体の信頼性を支える要素でもある。
AI時代の「物書き」に求められること
ChatGPTやGeminiが代表するように、生成AIによって、文章を書くという行為そのもののハードルは大きく下がった。
一定の読みやすさを備えた文章であれば、短時間で大量に生成できる環境が整い、情報の供給量はかつてない水準に達している。
その一方で、何が書かれているのか分からない文章や、どこかで読んだ内容の焼き直しが増え、読み手が価値を見出しにくい状況も生まれている。
こうした環境下で浮かび上がるのが、「誰が」「なぜ」その文章を書いているのかという問いだ。
生成AIは文章を出力できても、自身の経験や判断の責任を引き受けることはできない。
だからこそ、書き手がどの情報を選び、どのような順序で配置し、何を伝えようとしているのかが、これまで以上に重要になるだろう。
構造化された文章が評価される背景には、この責任の所在がある。
論点が明確で、事実と意見が整理され、文脈が示されている文章は、読み手にとって理解しやすいだけでなく、書き手の思考の痕跡が見える。
そこには、生成AIの出力を超えた人間の関与が存在する。
また、一次情報や実体験が重視されるのも同じ理由によるものだ。
体験や試行錯誤は代替がきかず、他者の文章をなぞるだけでは生まれない。
物書きに求められているのは、新しい情報をいち早く出すことではなく、情報に意味を与え、文脈として整理する役割だと言える。
noteが示した推し基準は、生成AI時代における物書きの価値を狭めるものではない。
むしろ、誰が書いても似た文章になり得る時代だからこそ、人間が担うべき役割をより明確にしている。
その延長線上にあるのが、「では書き手は何を変えるべきなのか」という視点である。
書き手は何を変えるべきか 「note」のCXO深津氏の基準を手がかりに
ここまで述べてきた深津CXOが示した「推し」の基準を踏まえると、生成AI時代において書き手に求められているのは、文章量やスピードではなく、情報に意味を与える姿勢だと言える。
単に情報を集めて並べる役割は、すでにAIが担える領域になりつつある。
これからの物書きは、「なぜこの情報を選び、どういう順序で提示するのか」を説明できる存在である必要がある。
重要なのは、特別な体験や強い肩書きを持っているかどうかではない。
仕事の中で迷った過程や、判断に悩んだ理由、失敗から得た気づきといったものも、十分に一次性を持つ。
それらを言語化し、読み手が理解できる形に整理すること自体が価値になる。
また、構造を意識することは、テクニックの問題ではない。
論点を明確にし、事実と意見を分け、出典を示すことは、読み手に対する誠実さの表れでもある。
誰に向けて、何を伝えたいのかを自覚した文章は、結果としてシステムからも評価されやすくなる。
noteの推し基準は、一つのプラットフォームの方針にとどまらないと言える。
生成AIが前提となる時代において、人が書く文章に何が求められるのかを示す、象徴的な指標でもある。
これからの物書きに求められるのは、便利さに委ねることではなく、自分の言葉で考え続ける覚悟なのだろう。
参考:
noteの推しアルゴリズムについて
深津 貴之 (fladdict)氏
https://note.com/fladdict/n/n5b78bb223b35
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