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    東京大学大学院がAIでマウスの痛みを数値化 創薬と動物福祉を変える客観評価モデル

    2025年11月7日、東京大学大学院農学生命科学研究科が、AIでマウスの痛みを自動判定する新技術を開発したと公表した。表情から痛みを数値化し、薬効評価の精度向上や動物福祉の強化につながる国内研究として注目される。

    目次

    AIが表情変化を解析し「痛み」を自動スコア化

    研究チームは、マウスの顔のわずかな変化をAIが捉え、痛みの有無を高精度で識別するモデルを構築した。
    従来の「マウス・グリマス・スケール(Mouse Grimace Scale)」は研究者の熟練度に左右され、評価者間の差が大きいことが課題とされてきたが、今回の手法はこの主観性を排除する狙いがある。

    開発では、BALB/c系統マウス(近交系の実験用マウス)の表情画像約54万枚をAIに学習させ、酢酸を腹腔内に注射したことによる痛み状態と、処置前の非痛み状態を分類させた。その結果、AIは未学習データでも高い再現性を示し、痛みの強さに応じた濃度依存的変化も正確に予測したとされる。

    さらに、一般的な鎮痛薬ジクロフェナクの投与時には、痛みの軽減をAIが自動検出し、数値として出力した。カプサイシンやCGRP(※1)など、異なる刺激による疼痛も識別し、AIが痛み表情の“共通特徴”を学習していることが判明した。

    注目されるのは、Grad-CAM(※2)を用いた解析で、AIが痛みの有無によって注視点を変えていることも可視化された点だ。人間の観察では捉えきれない広範な表情変化を基に判断していることが明らかになり、従来の評価法に新たな視座を与える研究成果になった。

    ※1 CGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド):神経系で働くペプチドの一種で、強い痛み刺激に関与する物質として知られる。

    ※2 Grad-CAM:AIが判断時に注目している画像領域を可視化する技術で、モデル解釈性の向上に利用される。

    創薬・動物福祉に波及 AIが痛み評価の標準を塗り替える

    東京大学大学院によるAIを活用したマウスの痛み判定技術は、創薬と動物福祉の双方に利益をもたらす点で意義が大きい。
    まずメリットとして明確なのは、痛み評価の客観化である。AIモデルは表情の微細な変化を安定的に捉え、再現性を高める強みを持つ。これにより、創薬段階の薬効判定が精緻化し、実験データの信頼度も上がると見られる。
    また、鎮痛薬の効果を時間経過とともに連続的に把握できる可能性が高く、早期検証の効率向上にも寄与し得る。

    さらに、この技術は動物福祉の向上にも直結する。痛みの自動検出が進めば、長時間観察の負担が減り、3R(※3)の推進にも資する構造が生まれる。
    AIによる広範な表情解析は、人間の観察では見落としがちな感情の兆候まで拾い上げるため、研究現場の倫理性を底上げする効果も期待されるだろう。

    一方、AIモデルが特定系統や条件に依存するリスクも残る。異なる環境や個体差への対応、外部研究機関での再現性担保といった課題は継続的に検証が必要だ。
    また、外部機関とのデータ共有や標準化が進まなければ、この技術が普遍的な評価基盤として機能しにくいという課題もあると考えられる。

    今回の技術は、創薬と動物福祉の双方を刷新し得るポテンシャルを備えつつ、その確立には継続的な検証と社会的合意形成が不可欠だと言えるだろう。

    ※3 3R:動物実験の国際的原則で、「Replacement(代替)」「Reduction(削減)」「Refinement(改善)」の頭文字を指す。動物使用の必要性を最小化し、苦痛や負担を減らし、より倫理的な研究環境を実現する理念を示す。

    東京大学 大学院農学生命科学研究科 研究成果

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