【建設業界の生成AI活用】施工計画書の作成時間を85％削減

国土交通省は建設業界における「2024年問題」として、時間外労働の規制強化による人手不足と業務効率化の必要性を強く訴えました。膨大な書類作成業務は技術者の長時間労働の主因となっており、従来の働き方改革だけでは限界が見え始めています。多くの企業がDXを推進するものの、定型作業の自動化にとどまり、専門知識を要するコア業務の効率化には至っていないのが現状です。

一方で大成建設株式会社(以下、大成建設)は、最新のマルチモーダルAIを活用し、最も負担の大きい「全体施工計画書」の作成そのものを自動化するシステムを開発しました。本記事では、作業時間を85％削減し品質向上も実現したこの画期的なシステムの詳細について、成功の要因と技術的背景を考察します。

建設DXの最前線：500ページの書類を10分で生成

建設業界において、公共工事の着手前に提出する「全体施工計画書」の作成は、極めて負荷の高い業務でした。工事の工程、施工方法、安全管理、環境対策など多岐にわたる項目を網羅する必要があり、その分量は500ページを超えることも珍しくありません。これまでは経験豊富な熟練技術者の指導のもと、多くの担当者が手作業で膨大な時間をかけて作成しており、業務の効率化と技術伝承の面で大きな課題となっていました。

そこで大成建設は、「現場のデジタル改革」の一環として、画像や図面も理解できる最新のAI（視覚言語モデル）を搭載した支援システムを開発しました。このシステムは、入札時の資料と社内に蓄積された熟練技術者の知恵をAIに読み込ませることで、国交省の決まりごとの沿った計画書の下書きを自動で作ってくれます。すごいのは、専門用語や図表をうまく組み合わせて、わずか10分ほどで原稿を書き上げてしまう点です。これにより、これまで手作業でかかっていた時間を約85％も減らすことができ、建設現場の働き方を大きく変える解決策として注目されています。

参考：https://www.taisei.co.jp/about_us/wn/2025/251128_10770.html

3つの独自機能が支える「現場で使える」システム

AIを導入しても「使いにくい」「精度が低い」といって現場で使われないケースは少なくありません。しかし、本システムは現場の実情に合わせた3つの工夫を凝らすことで、誰でも使える便利な道具に仕上げています。ここではその中身について解説します。

「ベテランの知恵」と「資料」を合わせる技

このシステムの核心は、発注者から渡される「工事の説明書」などの資料と、大成建設が長年積み重ねてきた「社内の技術ノウハウ」を組み合わせる技術です。AIが資料から必要な情報を抜き出し、それらを過去の優れた計画書の手本と合わせることで、最適な原稿を作成します。文字だけでなく図表も扱えるAIが、いい感じにレイアウトしてくれるので、そのまま提出書類として通用するレベルの下書きが出来上がります。

「Word形式」だから直せる安心感

現場にとって一番嬉しいのは、出来上がったデータが役所の指定通りの「Wordファイル」で出てくる点です。チャットAIだと、回答をコピーして資料に貼り付ける手間があり、そこでミスが起きがちでした。しかしこれなら、最初から指定の形で作ってくれるので、あとは手直しするだけで済みます。図の入れ替えや文章の修正もいつものWordでできるので、新しい操作を覚える必要もありません。

AIが「若手の先生」になる

このシステムは単なる自動化ツールではありません。AIが書く計画書は、過去の先輩たちの知恵が詰まった「教科書」でもあります。経験の浅い若手社員は、AIが作った質の高い下書きを読んで修正することで、計画づくりのポイントや安全管理のコツを自然と学ぶことができます。忙しくて先輩がつきっきりで教えられない中、AIがお手本を見せてくれることで、技術を伝える教育係としての役割も果たしているのです。

AIの「嘘」を見抜く安心の仕組み

生成AIを使うときに一番心配なのが、間違ったことをさも本当のことのように言う「もっともらしい嘘（ハルシネーション）」です。安全第一の建設現場で、嘘の情報は許されません。そこで大成建設は、AIと人が力を合わせて間違いを防ぐ仕組みを作りました。

怪しいところを「自動でお知らせ」

AIが書いた文章に対して、システムが自動的に「ここは自信がないかも」と判断した場所を見つける機能をつけました。根拠が薄かったり、間違っている可能性が高い部分を、色を変えて教えてくれます。これにより、AIが勝手に書いた間違いに気づかず、そのまま書類になってしまうミスを防げます。全部を人間が一から確認するのではなく、怪しいところだけ集中的に見ればいいので、楽に、そして確実にチェックができます。

人間による「最後の仕上げ」

AIはあくまで下書きを作る係であり、最後は人間の技術者が責任を持ちます。システムが教えてくれた「要注意ポイント」を中心に、経験豊富なプロが内容を確認し、修正を加えることで、完璧な計画書に仕上げます。AIの圧倒的なスピードと、人間の確かな判断力を組み合わせるこの「二人三脚」のやり方こそが、良い書類を早く作る一番の方法なのです。

品質のバラつきをなくす

これまでは、誰が作るかによって計画書の出来栄えに差が出ていました。ベテランなら完璧でも、若手だと抜け漏れがある、といった具合です。しかしこのシステムを使えば、誰が担当しても一定以上のレベルの下書きが自動でできます。会社全体として計画書の質が底上げされ、揃います。「誰が作っても高品質」という状態を作ることは、工事全体の安全を守る上でとても大切なことです。

働き方改革の新しい一歩

大成建設のこの取り組みは、単なる時間短縮を超えた「現場の働き方改革」と言えます。作業時間が85％も減るということは、これまで書類作りに追われていた膨大な時間を、現場の安全チェックや、より良い工事のための検討に使えるようになることを意味します。 今後はこの技術を会社全体に広めていく方針です。

AIという新しい相棒を得て、建設現場は「長時間労働の現場」から「クリエイティブで効率的な現場」へと変わろうとしています。この変化は、建設業界全体をより働きやすい場所にする大きな一歩となるでしょう。

今後の展望

建設業界は今、長年の悩みであった「長時間労働」と「職人不足」という壁を、デジタルの力で乗り越えようとしています。これまでは機械を使った「現場の自動化」が中心でしたが、今回の取り組みは、一番人間にしかできないと思われていた「知識と経験」さえもデジタルの力で助けられることを証明しました。これは単なる事務作業の効率化にとどまらず、建設の仕事の進め方そのものを変える可能性を秘めています。このシステムが切り拓く、新しい建設業界の未来について、3つの視点から考えてみます。

「計画」から「現場のすべて」へ

今は「工事前の計画書づくり」に使われていますが、この技術の本当の価値は、工事が始まってからの毎日にも役立つ点にあります。例えば、現場の写真やメモ書きから「日報」を自動で作ったり、現場を見て回った記録から「安全報告書」をすぐに作ったりすることもできるようになるでしょう。 さらに、天気が悪かったり資材が遅れたりした時に、AIが「こうすれば遅れを取り戻せますよ」と、スケジュールの変更案をすぐに提案してくれる未来も想像できます。これまで現場監督が頭を抱えて何日もかけて考えていた調整をAIが手伝ってくれることで、監督は書類仕事から解放され、現場での会話や安全チェックといった「人間ならではの仕事」に集中できるようになります。

会社を超えた「みんなの知恵袋」を作る

大成建設が作ったこのシステムは、役所の決まった書式を使っているため、他の会社でもそのまま使える部分があります。一つの会社だけの便利な道具にしておくのはもったいないほどで、将来的には他の建設会社や、工事を発注する自治体とも協力して、業界全体で使える「共通の仕組み」に発展するかもしれません。 建設業界には、安全管理や環境対策など、会社同士で争う必要のない「協力できる分野」がたくさんあります。こうした分野のデータや知恵をみんなで持ち寄り、AIを一緒に賢くしていく仕組みができれば、どの会社も悩んでいる「人手不足」や「技術の継承」といった問題を一気に解決する鍵になります。「競争」から「協力」へ、AIが業界全体をつなぐきっかけになるでしょう。

AIを相棒にする「新しい職人」の誕生

これからの建設のプロに求められる力は、大きく変わっていくでしょう。一から文章を書いたり、昔の書類を探し回ったりする事務処理の力よりも、AIが作った下書きをチェックして、現場に合わせて直す「目利き力」が大事になります。 これは若手の育て方にも変化をもたらします。新入社員は、AIという「知識の宝庫」と会話しながら、まるでシミュレーションゲームのようにたくさんの現場のケースを学ぶことで、昔の何倍もの速さで成長できるようになるでしょう。「AIを使いこなして一人前」という新しい常識ができ、AIと一緒に育った「AIネイティブ」な技術者たちが現場の中心に立つとき、日本の建設業はもっと速く、もっと高品質で、そしてもっと安全な産業へと進化しているはずです。